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”才能”があるかないかに囚われず、目標を達成する方法とは?

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チャンスが到来した時、ずっと夢にみていたことに挑戦できる機会に恵まれた時、そこまで持ちつづけていた想いが強ければ強いほど「失敗できない」「爪痕残したい」「次に繋げたい」「認められたい」そんな気持ちがむくむくと湧いてくる。 こういう時こそ深呼吸。 自分を大きく見せたり、実力以上のことをしようとしたりして、力んでしまう自分。 それを落ち着けるために【自分のやるべきこと】をシンプルに見直すといい。 いま何が求められているか。 それに対して自分ができることはなにか? いつまでにやらばければいけないのか? 曖昧にせず、「日にち」「分量」「時間」などの具体的な数字に落とし込んで紙に書き出す。俯瞰でみる。 「イメージ」「想い」「やる気」みたいなふんわりしたものは外からの刺激に左右されやすいから。 もちろん、その時々で自分がなにを感じているか、感情にフォーカスすることは大事。 感情は行動の原動力になるし、感情をないがしろにすると思わぬところで自分で自分にブレーキをかけることになってしまう。 曖昧なまま走り出すと、気持ちが盛り上がっている時はいいが、ちょっとした失敗や思い通りにならなくなったらすぐ心が弱くなってしまう。 人の言葉が気になる。 視野が狭くなる。 外側の反応に左右される。 ついには「才能がないんじゃないか?」という、大げさな思考にはいってしまう。 才能とはなにか? それは「情熱や想いを熱く持ちながらも、冷静にこつこつとやるべきことを積み上げられる力」のことだと思う。 「すぐやめない、継続する力」とも言えるだろう。 気弱になって、才能があるとかないとか持ち出すようになったら、一息いれよう。 英気を養って、そこからまた続ければいい。 辞めずに続けていれば、目標は必ず達成できる。 ということで。 カフェで一息いれてるところ。

【羊と鋼の森】宮下奈都 著 を読んで

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素晴らしい作品に出会うと、比喩ではなく心が震える。 その証か、私は電車の中では涙をこぼしてしまった。 通勤中、本に没頭してしまい、 つい下車するのを忘れた。ある一文に心を持っていかれてそこから考え事をはじめてしまって、現実から離れてしまったのだ。 電車の中では泣いてしまうなんて、いま振り返ると恥ずかしいけれど、その時は他人にどう思われているかなんて考える余地もないほど、感動していた。 その一文には、主人公が自分の在り方に迷っている時に先輩から聞いた話し、が書かれている。 それが後に主人公を導く灯火になっていくのだが、 私もその主人公同様、その一文と出会えたことにとても深い意味を感じた。 いま、この文章に出会えたことが偶然とは思えなかった。 その文を、私はノートに記した。 いつでも見返すことができるように。自分自身の脳裏にも刻めるように。 本屋大賞を受賞したこの本を、これから手にする方もいらっしゃると思うので、私の心を震わせたその一文をここで紹介することは避けるが、私が作品を描く時も私が体験したような心の震えを感じてもらえたらいいなぁと思った。 物語を書く者としてどうあるべきか、その姿勢を学んだ気がする。 静かで詩的で、情熱に溢れた、素晴らしい作品でした。

友人の視点が私をリセットしてくれる

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旧知の友人たちと飲みに行った。 「まだなにかに遠慮しているように見えるよ。もっと自分を全開にしなよ。枠に収まらずに、自由にのびのびやったらいいよ。その方がらしさが出るし、見ていてワクワクするよ。思いっきりやってさ、失敗して玉砕しても、そっかそっかと言いながら温かく迎え入れてあげるよ」 とのこと。 友よ! ありがとう。 こうも言っていた。 「人を喜ばせようと思ってやるんじゃないよ。あなたが全身で喜んで楽しんでいることに巻き込むんだよ。人のために、ってやるとズレるよ」 そうなのだ。 私はサービス精神過剰な時がある。 目の前の人を喜ばせよう、この人の役に立とう、もっと楽しませたい、という気持ちが増幅しすぎて、余計なことをしてしまうのだ。 もっと自分に集中して、思い切り楽しんで、溢れる喜びに身を震わせる。 その姿が、見ている人の、関わってくれる人の”感情のボタン”を押せたらいいなと思う。 ” 八重洲   豊丸” 私はこういうごちゃごちゃした大衆居酒屋みたいなところの方が落ち着く。 もちろん料理と酒は美味しいに越したことはないが、小洒落た店だと座りが悪い。 周りが騒がしい方が、話に集中できる。 気ごころ知れた友人との語らいは自分がちょっと迷ったり自信を失った時、元の場所に戻してくれる。 本当にありがたい。

「私のことは忘れられてもいい。作品が、imageが、残ってくれれば」と彼女は言った

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昨日、はじめての試み【歌と詩の朗読ライブ】が温かい雰囲気の中、幕を降ろした。はじめてのことばかりであったが、それが全て血肉になったような、貴重な体験だった。 ライブ中に覚えた様々な心境は改めて綴るとして。 2016年3月15日(火)、青山で行われた【本の場所】というイベントに参加した時のことを思い返ししたので、ここに再録しておこうと思う。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 川上未映子さんを招いた朗読会 。 著者本人が自作を朗読するスタイルらしい。私自身、数年前に朗読サークルに所属し、演出や自作朗読をしていたので”朗読会”が目新しくて行ったわけでは、ない。 以前から川上さんの作品に親しんでいたから、というのが参加を決めた大きな理由。彼女は初めての詩集が作家としての第一歩で、その作品は芥川賞の候補となった。その後に発表した、独特なリズムで語られる小説『乳と卵』で芥川賞を受賞し、それ以降ずっと第一線で活躍。幾つかの作品が翻訳され世界に広がっている。 私はこれまで【生きている小説家】にあったことがなかった。私は”小説家という生き方”に並々ならぬ興味を持っていて、【生の作家】に会える、しかもサイン会とかではなくて”少人数の朗読会”という超クローズドな場なら、いろんなことが起きるんじゃないかと期待して(もしかしたら直接お話ししたり、質問したりする機会もあるんじゃないかとワクワクしながら)でかけた。 小説だけではなくて、HPのブログやエッセイなども読んでいたので、なんとなくこういう人かな、という想像はしていた。写真でみる彼女はいつもオシャレで、意志の強そうなくりっとした目をしていて、自分の好きなことはやるけど関心のないことはまったく取り合わない、みたいな気まぐれで移り気な女性、という感じを得ていた。作家と読者としてではなく、普段の生活の中で出会っていたら、ちょっと苦手なタイプかも、とまで。 作品の文体やテーマも作品ごとに違っていて、いいなぁと思えるものもあれば技巧が立ちすぎて読みにくいと思えるものもあって、はてどんな人なのか感じてみようと呼吸を整えてその登場を待っていた。 (気取っていて気難しい感じだったら嫌だな)とちらりとよぎったイメージを裏切るように、入ってくるなり「こんばんは〜、...

親の気持ちは子供を産まないと分からない?

私は子供を産んだ経験はないが 私の頭の中にしかなかったものが 人との繋がりの中でこの世で形を持つ その瞬間を目の当たりにすると 「うまれでた」と感じる 私の力だけではないからだろうな。 自分の作品を「私の子供」と言うつもりはないが いろんな偶然を超えて生まれ出たものを 誇りに思う気持ちはとても強い ある時、「あなたも子供を産んでみたらわかる」という主旨のことを言われた。 そこには「産んでみないと分からないことがある」というメッセージが含まれていると思った。 産む、という選択をしないのか 産みたいけど産めないのか 子供を授かる環境にないのか 私がどんな状況にあるかを想像をして言っているとは 思えなかった。 「産んでみないと分からない」という言葉に対しては 「そりゃそうだよね。体験したからこそわかることってあるよね」という気持ちと 「体験したからわかる、と言い切るのはちょっと傲慢なんじゃないか?」という気持ちの両方が寄せてくる。 親の気持ちは子供を産んでみないと分からないかもしれないけれど 「体験しないと分からないこともある」という言い方に対しては感じた、違和感みたいなものは もっと掘り下げてみたいと思っている。

”君の膵臓をたべたい”が教えてくれた、いまここにいるという奇跡

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作者のデビュー作らしい。 人物が物語の中で皆んなちゃんと生きていて臨場感があった。 文体は読みやすいし、キャラクターもいきいきとしている。 早く結末を知りたいような、読んだら終わっちゃうからじわじわ進みたいような、どっちつかずの気持ちになれたのが、心地よかった。 いまここに生きているということの奇跡。 人と触れ合うことでしか人は成長できないという真実。 自分の人生をきちんと引き受けるという覚悟の大切さ。 久々にいい読書体験だったな。 真夜中に号泣〜(T ^ T) そういえば思い出した。 中学1年生の時、半年間ほど無視されてたんだけど その時助けてくれたのが本だった。 いじめられてた、というのではなく ただただ誰も私に話しかけてこない という静かな拒絶。 きつかったなー。 誰とも話せない、というのは。 そのキツさを忘れさせてくれたのは、 本を読んで感じた喜び、発見、楽しさだった。 登場人物たちに自分を重ねたり、会話をしたり、描かれていたエピソードを自分も体験した気持ちになったりして、黙っていたけど私の中は賑やかだった。 その楽しさを分かち合えなかったのは寂しかったけど 本の中に描かれた物語が私を救ってくれた。 そういう体験があったから、私は物語を作る人になったのだ。 最近、ちょっと忘れていたことを この本が思い出させてくれた。 本当に、素晴らしい読書体験だった。 いま私は物語世界から元に戻り 【近藤智子の人生】の只中にいるわけだが、 自分の姿を俯瞰で見ているような気持ちになっている。 ドローンで空中に飛んで見下ろしているような感じ。 何を考えて、どう決断して(もしくは決断できなくて迷いながら)どこへ向かうか、音も立てずに見守っている感じ。 明日なにが起こるかわからない。 どんな人と出会うかわからない。 興味がどこへ向くのか知らない。 こうして文章を書いているその1秒後には、思いもよらない事態に陥るかもしれない...

心の底から楽しんでいる人の姿を見ると、涙が出てしまうのは何故だろう

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「あぁ、この人、いま心の底から楽しんでいるな」という人を見ると、なんだかそれだけで感動してしまう。 それはきっと、その人が感じている喜びや発見や魂の震えが電波してくるからじゃないか。 その人が「いますっごく楽しい。充実してます」なんて言葉で言わなくても、顔つきから、まとっている空気から、身体からほとばしるリズムから、それを感じられると、その姿を見るだけでこっちの心も踊る。 その人はけして、楽しんでいる姿をみせよう、と思ってそこにいる訳ではない。 本人がただ楽しくて、それが勝手に周りに伝わって、それを受け取った人がそれぞれに心を震わせるのだ。 それを仕事にしているとか、有名だとか無名だとか、資格があるとかないとか関係なしに、私は【自分がやっていることがとても好きで、それに関わっているだけでものすごく満ち足りて幸せ】というのが全身から溢れちゃっている人が、好き。 私はそういう人と一緒にものづくりしたいし、そういう人で在りたい。 9/30のライブを一緒に作っているCifaも、私がそう感じる人。 同じ空間に立てるのが今から待ち遠しいです。 ライブの詳細はこちら♡ goo.gl/m0wS9M

【2016年9月30日 (金)19:00〜】シンガーCifaとこんともの《うまみ》たっぷりライブ、やります!!

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ライブ、やりますっ。 私こんともは、構成作家&作詞家としても活動しております。 柔道をやっているのは【身体を鍛えたいから】というよりも「身体と向き合うことで心を整え、頭をすっきりさせ、創作意欲を向上させる」という目的があるー。 さらに。 失敗を恐れず、いつでも新しいことに貪欲に挑戦する! という訓練も兼ねています。 道場で培った体感覚は、きっとライブでも活かされるはずっっっ。 ライブの後は、ちょこっと飲んでおしゃべりして、という時間も作りたいなぁと思ってます。 久しぶりにお会いするあの人この人、語り合いましょう! 最近仲良くなったあなたも、ぜひお話ししませう。 初めましての方にもご挨拶したいな。 ************************************** 愛を歌うシンガーCifaと、人生を綴る作詞家こんどうともこのコラボLive〜 昭和・平成の世に彩りを添えた名曲カバーやCifaオリジナルソングなどを通して「人生のうまみを味わい尽くす」そんな夜をお届けします。 傍に酒とおしゃべりを添えて。 シンガー  Cifa 公式HPはこちら☆ 2016年9月30日(金) 【open】18:00〜 【start】19:00〜 【場所】アトムCSビル  〒105-0004 東京都  港区新橋4-31-5 前売り 3,500円(税込)ワンドリンク付き 当日 4,000円(税込) ご予約、ご質問はこんともへメッセージ下さーい。