私が心酔するセラピストの先生に「師匠!!弟子にしてくださいっ」と言ったら 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 『◯◯先生のところで学びました』なんて看板掲げなくても、ひとつのツールとして理論や技術を身につけてどんどん使ったらいいんだよ。 自分で使いこなせること、それを使ってちゃんと自分の人生を歩むこと。 そのために伝えてるんだから。 枠の中に 留まって小さくまとまらずに、自分全開でのびのびやりなされ。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 という主旨のことを言われた。 その時、私は 『◯◯先生のところで学んでいた私はすごい』『あの先生のところにいた人なら間違いない』というお墨付きが欲しかったんだなと気づいた。 冗談みたいに「弟子にしてくださいよぉ」と言った私に対して穏やかに真摯に答えてくれた先生の姿をみて 「先の見えない不安を”先生の弟子”という保証をもらって、安心感を得たかったんだな」と思って、恥ずかしくなった。 同時に「この先生の元で経験を積むことができて良かったな」と嬉しくなった。 人生は予測のできないことばかり起きる。 その中、何を選び取るかは自分次第。 世の中にはいろんな認定資格があり、いろんな先生がいて、いろんな理論がある。 何を学んでもいいし、誰のところに行ってもいい。 でも結局、自分の人生の責任は自分が取るしかない。 弟子にしない! とはっきり言い切ってくださった先生。 信頼関係があるからこそ、と受け取りました。 私の底力を信じてくれているんだなぁと。 これからの私の生き様を、楽しく見守ってもらいと思いました。